らもはだ日記

「らもはだ」第二回が終わっての打ち上げの席。また中島らもお気入りの狗鍋を食わす怪しい中華屋「上海小吃」でくだらないバカ話でさんざん笑って盛り上がり、そろそろ宴会もお開きかというタイミングに。
みんないい感じで酔っ払って、参加者のそれぞれがワイワイと雑談中。

―――――今だ。言うなら今しかない。
オレは、スススとらもさんの隣へ。
今日はひとつ、らもさんに謝っておかねばならないことがあったからだ。
「らもさん、すいませんでした」
「何のこと?」
「2年前に出した本のことです」
「本?」
オレは、2年前に「鮫肌文殊の俺テレビ」という本を出していた。帯にらもさんの推薦コメントを貰いたくて、担当の編集者から中島らも事務所を通してお願いしたところ、二つ返事でOKだと思っていたのに答えはNO。

編集者が呆れ顔で言った。
「事務所に、もしコメントを欲しいならギャラは10万円だと言われました」
「10万円!?」
「だいたい、帯のコメントの相場は3万円なんですが。10万円以下ならやらないと、らもさんが言ってるそうです。らもさん、そんなにお金に困ってるんですかね?」
それを聞いてすぐに悟った。
こんなウンコ本に自分の名前は貸せないとオレに向けて言外にメッセージしておるのだと。


本を出すことになった経緯を振り返ってみるならば。
3年前、ある出版社の編集者から連絡があった。当時あちこちに書いていたテレビに関するエッセイを読んで、オレの文章をたいそう気に入ってくれていたようだ。
「鮫肌さん、書き下ろしで単行本を出しませんか?」
なんてありがたい申し出。
「ええ、いいっすよ!」と軽い気持ちで引き受けたものの、書かねば書かねばと思うだけで、日々の放送作家業務に追われて全く手付かずのまま時間だけが過ぎてゆく。
書き下ろしの話をもらって半年後。
約束した締め切り日に、前の晩にやっつけで書いた10ページ分を申し訳程度に持参して図々しくもこう言った。
「すいません、残り200ページ、すぐに書きますから。もう一ヶ月待ってください!」
温厚な編集者の顔がピクピクと引きつっている。

「わかりました、一ヶ月後ですよ。ただし、それまでに書けなかった場合、私にも考えがあります」
なんとかその場は乗り切った。
しかし、半年かかって書けなかったものが一ヶ月で書けようはずがなく。
すぐに次の締め切り日がやって来た。
ひと月前から一文字も進んでいない原稿を見て、編集者が静かに言った。
「いったいいつになったら書いてもらえるんですかね?」
いっそ一思いに怒鳴ってくれたほうが。
努めて冷静を装っているが本気で怒っているのが伝わってくる。

「……わかりました。最後の手段です。缶詰になっていただきます」
その頃はまだ出版社にもお金が余っていたんだろう。こんなダメダメ放送作家風情に、わざわざホテルを用意してくれ缶詰にされた。
もう逃げられない。
これは書かないと本気で殺される。
あちこちに無理を言って、テレビの仕事を3日間休んだ。
そして、それまでいろんな雑誌に書き散らしていたテレビ関係に関するエッセイを無理やり切り貼りして小説風にまとめ、なんとかでっち上げた本だったのだ。


「俺テレビの帯の件です」
らもさんは、ようやく思い出したようだ。
「放送作家になりたい若いヤツを騙して金を取ろうって魂胆の本のことか」
黙る、オレ。
グラサンの奥のらもさんの目が怒っている。
「キミ、あの本の帯にオレの名前を載せて中島らもの名前を利用したかっただけやろう?」
図星だ。
恥ずかしくて顔が真っ赤になるのがわかった。
「送られてきてちょっと読んだけど、あんな志の低い内容の本にオレの名前を出すわけにはいかない。帯のオレの名前を見て買う人がいるわけやろ。10万円ってギャラをふっかけたら諦めると思ってな」
わかってはいたものの、本人の口から直接こうまではっきりビシーッ! と指摘されたショックはでかかった。
長いつきあいだが、らもさんにここまで言われたのも初めてだった。

「キミ、いま何本レギュラーやってるの?」
「10本です」
「そんなに抱えて、ええもん書けるはずないやん」
「もっと売れっ子になると20本ってヤツもいます」
「そりゃテレビの質も下がるはずやな」
「本当にあの時はすいませんでした」
らもさんの横で思いっきり頭を下げた。穴があったら入りたかった。
「もう少し、マシなもんを書いてくれ」
いつものポーカーフェイスに戻ったらもさん。そう言い残して、席を立った。


宴会後、らもさんとオーケンは帰ったが、キシモト嬢とロフトプラスワンプロデューサーのサイトウさんと一緒に2次会のカラオケへ。
歌舞伎町の片隅のカラオケBOXで、キシモト嬢とサイトウさんがデュエットで歌うPUFFYの「アジアの純真」のハジけた歌声を聴きながら、ガンガンに飲みまくったこの夜の酒は、とてもとても苦かった。

(つづく)