12/14 更新
「こんなとこでオメコする気ィか?」
1985年12月、暮れも押し詰まって。
童貞を失ったのは「なげやり倶楽部」の打ち切りが決まったハタチのころだった。
奥手だったので、まだ経験がなかったオレ。
当時、投稿者の住所を掲載していたビックリハウス。自宅に山ほど届いていたファンレター。
1年前、ビックリハウスでエンピツ賞という小説の賞を2回とカートゥーン大賞というマンガの賞を連続受賞、そのご褒美に東京渋谷にある編集部に招待してもらった。その旅の様子を写真入りで本誌にて特集してもらったのが効いていたのかもしれない。
まだネットもない時代。1枚の写真から読者の方もいくらでも妄想を膨らませることが出来る。実際のオレはエラ張り顔で短足のただの童貞臭漂うパンクヲタだったが、「天才作家現わる!」的な編集部がつけた煽りのキャプション付きの特集の写真だけ見れば、自分で言うのも何だがカッコ良さげに見える。
連日らもさんと飲み歩いていたが、着替えを取りに一時帰宅した高砂市牛谷の自宅。100通を超えるファンレターが来ていた。ほぼ全部が女性からの手紙。まだ童貞の自分にとってそれを読むのは至福の時間であった。正直、まだキスさえまともにしたことが無かったのである。一通一通、ドキドキしながら開封しては一文字一文字丁寧に丁寧に読み込んでいく。内容はもちろんファンレターなので「鮫肌さんは天才だと思います」「鮫肌さんの特集を見て一目惚れしました」などなど絶賛の嵐。読んでて思わず顔が上気する気持ちいいフレーズのオンパレード。恥ずかしながら、いつも読みながら勃起していた。
そんなファンレターの山の中に見つけたのだ。「あなたとならエッチしてもいいです」という一文が書かれた手紙を。
見つけた瞬間、「キターッ!」とガッツポーズ。
今ならそんなアブナイ女、絶対にパスするのだが、そこは性欲真っ盛り。読んだ瞬間に「よし、彼女ならイケる!」
マッハの勢いで「今すぐ会いたい」って返事を書いたら、すぐに「とても嬉しいです。私も今すぐ会いたいので連絡をください」と返信が来た。
携帯もパソコンのメールも無い時代、書いてあった相手の自宅に即電話をした。
「あのう、すいません。鮫肌です」
「… … ハイ」
「(もう下半身がはちきれんばかりになりながら、つとめて冷静を装った声で)ボク、週末の夜なら空いてるんで、大阪駅の南口の改札の前で待ち合わせしませんか?」
「… … ハイ」
超可愛い声である。オレの頭の中で相手のルックスへの妄想は膨らむばかり。
嬉しくて、らもさんにも飲みの席ですぐに報告した。
「今度、オレとやりたいって女と会うんです!ついに童貞卒業ですよ」
らもさんはこう警告した。
「鮫肌、それ気をつけた方がええで」
「なんでですか?」
「オレも学生時代、文通してた女と手紙のやり取りで盛り上がってそんな風に会ったことがある。でも凄いドブスが来てなあ。なんとか言い訳して逃げたんやけど大変やったわ」
まさからもさんにもそんな過去があったなんて!しかし、オレは電話で聞いたウィスパー系のプリティボイスから、相手は「絶対に可愛い」と確信していた。
「大丈夫ですよ、これで童貞を卒業してみせます!」
「多分、鮫肌にお似合いな凄いブスが来ると思うよ」
らもさんの予感は的中した。
待ち合わせすることになった国鉄の大阪駅。
当日はもう家を出る前から初めてのエッチに向けて臨戦態勢。シャワーを浴びて身を清め、鋲打ち革ジャンのパンクファッションで精一杯にキメて臨んだ。
改札のところで今か今かと待つ。
15分も前に到着。改札の前をあっちへウロウロ、こっちへウロウロ。
いったいどんな可愛い女の子が来るのだろう?
トントン。
いきなり後ろから肩を叩かれ、驚いて振り向くと。そこには鋼鉄ジーグそっくりな女が立っていた。
解説しよう。鋼鉄ジーグとは、永井豪原作の縄文時代の土偶をモデルにしたロボットアニメである。
「ヨウコ(仮)です」
名前を名乗ったその声は、確かに電話口で聞いたウィスパーボイスであった。
ずんぐりむっくり。
髪型も体型も完全に土偶。見た瞬間、「あ! リアル鋼鉄ジーグが出現した」と思った。
髪にはどこで売っているのか巨大なヤワラちゃんばりのさくらんぼの形をした髪飾りがついていて。