らもはだ日記

4/18 更新

「逮捕23日前」

2003年1月12日。

警察に自宅をガサ入れされてマリファナ所持で逮捕される2週間前。
「らもはだ」今回のゲストは、野坂昭如さん。
この日のらもさんは、尊敬する先輩作家を迎えるに当たって終始狂ったテンションのままだった。

当日、会場のロフトプラスワン入りしたオレは驚いた。
楽屋に漂う何とも形容しがたい妙な香り。
なんなんだ、このくっせえ匂いは。
見ると、らもさんがどこで手に入れたか知らないが、明らかにタバコとは違ったブツを吸っている。
自分の目を疑った。
おいおい、トークのネタで話すのはいいけど、それを人前でホントに吸っちゃイカンだろう。正直慌てた。

「らもさん、いいオトナなんだから、こんな公共の場でそんなモン吸うのやめてください」
やんわりとたしなめるオレ。
らもさんはゆっくりと吸い込みながら。
「鮫肌も、やる?」
「やりませんって。オレがタバコ吸わないの知ってるでしょ」
「タバコ吸って肺に煙を入れるのに慣れてなかったら、効かへんからな」
らもさんと酒の席でマリファナの話になったらいつもそう言ってバカにされたのだが。

年末年始を挟んで、鬱から躁転したらもさんはさらにおかしくなっていた。
人前で吸うなんて自殺行為じゃないか。子供が考えてもわかりそうなもんだ。
「客席の中に私服捜査員とかいてたら、どうするんですか。現行犯で捕まりますよ」
司会のアトムさんが、なんとからもさんにやめさせようと忠告するも本人はどこ吹く風。
スパスパとタバコのように吸っている。
「これ、買ったんや」
今度はカバンの中からスタンガンを取り出した。
聞けば最近、武装しているのだという。

「ちょっと練習しとこか」
らもさんのギターに、オレのタンバリンで
野坂昭如さんの持ち歌のコーラス部分を練習。
今夜も、ロックンローラー中島らもオンステージにする気満々のようだ。
「なんか妙な胸騒ぎがする」
アトムさんが呟いた。


「ここかな」
らもさんのくゆらせるブツの煙が充満する楽屋に野坂昭如さん、登場。
トレンチコートにポークパイハットにトレードマークの黒のサングラス。もう72歳になるのにダンディすぎる。これって、ご自身の歌手としてのデビュー曲「ポーボーイ」を歌っていた時のステージ衣装ではないか。らもさんに「練習しとけ」と言われて事前に野坂さんのCDを買って研究していたので気がついた。デビュー当時のジャケット写真まんまの格好だ。オシャレ!

「2時間も喋るの?」
打ち合わせでトークの時間を聞いて、とまどう野坂さん。
「今日は、野坂昭如の欺瞞を暴いてやるから。とっておきのネタがある!」
楽屋で本人を前に息巻くらもさん。
いきなり戦闘モードだ。
「穏やかじゃないね」
サラリと受け流す野坂さん。


今回楽屋から波乱含みでスタートした「らもはだ」は、本番のステージでも終始、口撃する中島らもvs余裕で受け流す野坂昭如というパターンが続いた。
まずらもさんが野坂さんをこう紹介。
「今日は作家じゃなく、歌手として招きました。安モンの歌手だから」
すると野坂さん。
「冗談じゃないよ。日本武道館をいっぱいにした一番初めはビートルズだけど、次は僕だから」
野坂さんの物言いの勝ち。

カチンときたらもさんが野坂さんを罵る。
「河原乞食!」
「河原乞食って乞食より下ですね。僕を見つけると、哀れんでくれるのかホームレスの人が『飲めへんか』ってお酒を奢ってくれたりするんです」
らもさんが果敢に突っ込むも、野坂さんが老獪にかわしていく。20歳年上の先輩作家に、さすがの中島らもも形無しだ。
「CDのこの歌詞カードはなんだ!」
らもさんが楽屋で言っていた、とっておきのネタがこれだった。
武道館ライブのCDに入っている曲「バイバイ・ベイビー」で「♪ふやけてしぼんだ日章旗」と歌っているのを歌詞カードでは「ふやけてしぼんだ青春」に変えて記載してあるのを発見した、これは野坂昭如がそう改悪するのを認めたことになる。レコ倫に屈し、ひいては権力にも屈したのだという理屈。

らもさんが大スクープのように発表したのに反して、正直客席には「だから、何?」って空気が漂う。
「それは、単純に誤植だよ。僕は自分の書いたものも読まないし、ゲラも見ない」と言い張る野坂さんに、これまたサラリとかわされた。
「臆病者!右翼が怖かったから日和ったんだろ!」
「だから何回も言うように誤植なんだって」
らもさんがいくら攻めても、野坂さんは全く動じない。

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