らもはだ日記

2001年秋。

中島らもが長い長い鬱の時期を経て、一気に躁転。凄いテンションで他人に対して攻撃的になっている。
トークイベント「らもはだ」を主宰するダ・ヴィンチ誌のキシモト嬢から電話があったのはそんな時期であった。
ケータイにキシモト嬢からの着信。
見た瞬間に直感した。 
中島らもが何かとんでもないことになっているのでは?
電話に出ると、いきなり。
「鮫肌さん、なんとかしてください」
「なんですか、キシモトさん」
「らもさんが大変なんです!」
やっぱりか。

ここんとこの「らもはだ」ステージでの躁転した「ハイテンションらも」の様子が思い出された。
「一度、電話がかかってきたら3時間くらい一方的に話してるんですよ。全然、仕事にならないんです」
聞けば最近、差別用語について書いた原稿の掲載を拒否した出版社に乗り込んで大揉めに揉めたばかりだという。
オッサン、かなりヤバいな。ここんとこの「らもはだ」でのオレへの当たりも相当キツかったが、本業の書き物の方でもイケイケドンドンになっているのか。
するとキシモト嬢が。
「鮫肌さんにも責任があると思うんです」
「へ?」
急に言われて面食らった。

さらに強い口調でもう一度。
「鮫肌さんにも責任があると思うんです!」
キシモト嬢がオレに対してこんな怖いモードに入ったのは初めてであった。
「… … … 鮫肌さんは… … ズルイ!」
「え?」
「いつもいつもそうやって逃げて。鮫肌さんはズルイです」
何も言い返せない。
確かに「らもはだ」に関しては、キシモト嬢に任せっきりだったのは事実だ。

携帯を握りしめたまま、長い沈黙が続いた。
「………とりあえず、らもさんからの伝言です。年明けのゲストの野坂昭如さんの持ち歌をステージで一緒に歌うから練習しておけ、ということです」
電話を切ってから、キシモト嬢に言われた「ズルイ」という言葉が頭の中をぐるぐると回った。
放送作家って仕事は基本的に番組に関して何の責任も取らない。やったらやりっぱなし。
数字が取れなくて打ち切りになったら詰め腹を切らされるのは番組のプロデューサーであり、フロントマンとして矢面に立つタレントだったりする。

ふわふわふわふわ、実態のない職業。
無責任なこと、このうえなし。
明日無くなっても誰も困らない仕事ナンバーワン。
責任を何も取らない。何事にも深くは突っ込まないスタンス。
確かに、ズルイ。
キシモト嬢に言われた「ズルイ」ってひと言が今のオレの仕事に関するダメなスタンスをズバリ言い当てている。
しばらく落ち込んだ。


その夜、らもさんがゲスト出演するというので録画しておいた「爆笑問題のススメ」ってトーク番組を見た。
らもさんは明らかにおかしかった。
完全に臨戦態勢。
番組冒頭の登場から、放送禁止用語「コジキ」を連発。ピー音の連続。
何十回もテレビ出演していて、「どんぶり5656」「なげやり倶楽部」をはじめ自分でもテレビの作り手側だった人間だ。
知っててやっているのだ。
アシスタントの眞鍋かをりが「こんな人、見たこと無い」って感じで呆然としている。 

オンエア上は、テレビのルールを知らないキチガイ作家がやって来て出演者が困るって図式に編集されて楽しげな仕上がりになっていた。
「この福祉国家にコジキはいないことになっている。だから、コジキって言葉も存在しないというのが国家の理屈」
言葉狩りに関するらもさんの発言。
「そういうことなら、漫才師って言葉だって同じですから」
それを受けて爆笑問題の大田さんが返す。
「漫才師のくせに」のように職業名に侮蔑のニュアンスの「くせに」って言葉をくっつけると途端にテレビの中では差別用語扱いになってしまうという。
「でも、漫才師なんて『くせに』じゃないですか。だから、漫才師のくせにオシャレにヘアメイクなんてしてんじゃねえよ!」
突然突っ込まれて苦笑いの田中さん。
爆笑問題の2人がテレビ的な笑いに変換して、なんとか笑いに包まれるスタジオ。

その後も、敬愛する忌野清志郎作詞のRCサクセションの曲「言論の自由」の歌詞「本当のことなんて言えない 言えば殺される」を例に出して国家による言論統制のヤバい現状について語るらもさん。
バラエティー番組には似つかわしくない重いテーマ。
司会者としてゲストの話を「やめてください」と言うわけにもいかず「なるほど」と神妙な顔つきで聞く田中さん。そうするしかなかったのだろう。

しかし、太田さんは違った。
自分の番組を荒らされて苦虫を噛み潰したような顔。明らかに怒っているのがわかった。
編集のマジックでは誤魔化しきれないほど太田光とらもさんの間に、かなりの緊迫感が漂っているのが画面からも伝わってくる。
一触即発。
らもさんの死後、自分のラジオ番組「爆笑問題の日曜サンデー」の中島らも特集でこの時のことを「このままじゃケンカになってしまうかもと思った」と振り返っていた太田さん。
現場は相当微妙な空気になっていたはずだ。


頼まれてもいないのにスタジオにギターを持参していたらもさん。
「じゃあ一曲やってくださいよ」
田中さんに促されて朗々と歌った「いいんだぜ」。
放送禁止用語の部分を無音に編集されて何を歌っているのか全くわからなかった。

爆笑問題という稀代の喋り手にも手に負えないのに、オレの手になんか終えるはずがないよ。
昼間、キシモト嬢に言われた「ズルイ」って言葉を心のなかで反芻しながら、そう思って画面を眺めていた。

「らもはだ」はこの後、躁転したらもさんがどんどん狂っていくドキュメンタリーとなる。

(つづく)