らもはだ日記

1988年から1年半。

いくら待ってもライターとしての原稿の依頼が来ないのでバイトをしていた。
日雇いの清掃のバイト。
朝8時、住んでいた幸福荘から歩いて10分のアパートの一室にあった清掃会社の事務所に集合する。
前夜、しこたま酒を飲んで二日酔い。酒臭い息で用意された作業着に着替える。集まって来ているのはオレと同じくらいの年齢のフリーターたち。
今日の人員はオレを含めて3名。
「ほな、行こか」

煮しめたようなナニワのオヤジ臭プンプンの社長が運転するおんぼろのバンに乗って現場へ。バンはとっくの昔に車検が切れている。
オレたちの働く清掃会社は下請けの下請け、孫請けだった。
バンの中では誰も喋らない。
今日はどこの現場に行くのか。知っているのは社長のみ。オレたちもあえて聞かない。
沈黙が続く車内にラジオから「ありがとう浜村淳です」が流れている。
「なるべく楽な現場でありますように」
そんな願いも虚しくいつもキツイ現場ばかり。事前にどこに行くか聞くと朝からヘコむので、いつしか聞かなくなった我々であった。
「着いたで」
社長に降ろされた今日の現場を見て、驚く。
そこは、天王寺の女子高だった。

「今からトイレ掃除するさかいに。ええか、休憩時間になったら生徒さんが入ってくるから授業時間の間にやってまうんや」
女子高のトイレ掃除？
バイト同士で思わずニヤついた。今日の作業は珍しく楽でオイシイ仕事かも。
「今から、1時間目の授業が始まる。この授業時間の50分の間にワンフロアずつ仕上げる。この校舎は4階建てや。上のフロアから始めるで」
まずは4階へ。
掃除道具を抱えて、女子トイレに入る。女子高だから、女子トイレしかないんだけど。
「ぎゃ！」
なぜここの女子高がオレたちのような専門の業者をわざわざ高い金を払って呼んだのかが、トイレの惨状を見て初めてわかった。
トイレは女子高生の汚物で溢れていた。天王寺のガラの悪い高校である。生徒たちが誰もトイレ掃除をしていないのはそれを見ると明らかであった。いくら言っても誰もやろうとしないのでプロを呼んだってわけか。

汚れた便器をブラシでゴシゴシ洗うのは簡単だった。それより、汚物入れに山のように積まれたナプキンに参った。使用済みのナプキンの上にさらに使用済みナプキンを重ねて、50センチくらいの山になっている。
「おええええ」
凄い匂いにえずきながら、持参したでっかいポリ袋の中にガサガサと入れていく。あまりの数にすぐひと袋がいっぱいになった。
山の下の方のナプキンはすでに化石化していて、まるでオブジェのようである。しかも、ひとつひとつが元の持ち主のアソコの形に固まって残っている。
「石膏で型取りしたみたいやな」
女生徒たちのアソコを型取りし化石化したナプキンを満載したポリ袋。マニアならいくらで買うんだろか？汗だくで作業しながらぼんやりとそんなアホなことを考えていた。

「もうすぐ授業が終わるから、いったん一階まで戻るで」
汚物満載のポリ袋を抱えて一階まで降り、職員室に身を隠す。我々は女子高生にけして見られてはいけない存在なのであった。
授業時間ごとに同じ作業を繰り返して4階からワンフロアずつ片付け、ちょうど4時間目が終わった時点で作業終了。
「これで終わりちゃうで。最後、職員室のトイレも掃除するんや」
ついでに職員室も。職員室の女子トイレの汚物入れにはひとつもナプキンが入っていなかったのがおかしかった。
「先生は全員もう生理あがってしもうとるんとちゃうかあ、ギャハハハハッ」
社長が下品に笑う。

結局、汚物満載のポリ袋は10袋にもなった。
学校の裏手にある焼却炉に作業員3人で担いで持っていく。いったい何ヶ月掃除してないとこんなことになるのか。
「燃やすで」
社長の指示で焼却炉にポリ袋を次々に放り込んで燃やしていく。煙突から出てくる白い煙を眺めながら「今日の日給は安いだろうな」とぼんやり考えていた。
時給換算なので、今日のように昼までに終わってしまうと4000円くらいにしかならない。
しかも、さっき見た汚物の山を忘れようと、金をもらった途端、立ち飲み屋に直行。日給分全部飲んでしまった。

オレ、何やってるんだろう？

自分が「何をやったらいいのか」が全然見えていないくせに「オレはモノを創って生きていく人間なのだ」というプライドばかりが先走る日々。でも、仕事は来ない。気がつくと夜が来て、毎日のように飲んだくれて朝を迎える。
少しでも安く酔っ払うためにアルコール度数が高いウイスキーを飲む。当時、一本600円ちょいだったサントリーのトリス。不味いことこの上ない酒だったが金欠なので仕方がない。
一晩で1本開けてしまうので、ある時、3リットル入りの取っ手のついたキングトリス
という特大サイズを買ってきたことがある。
「これで、1週間は大丈夫だろう」
どんどん酒量が増えていた時期。キングトリスを3日と経たないうちに飲み干した自分に対してドン引きした。
「オレ、ヤバいかも」
ジョボジョボジョボジョボ。
小便がコーラ色になる。
手が震えだす。
完全にアル中になっていた。

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