らもはだ日記

2003年11月8日。

トークイベント「らもはだ」に、チューヤンがやって来た。
オレが担当していた番組「進ぬ!電波少年」の大ヒット企画「アフリカ・ヨーロッパ大陸縦断ヒッチハイクの旅」に、俳優の伊藤高史と一緒に「朋友(パンヤオ)」というコンビで参加。視聴率30%を叩き出し、一世を風靡した元々は香港出身のタレントだ。
楽屋入りしてくるなり、オレに向かって。
「久しぶり!」
いやいや、担当作家とはいえ、ロケ現場に行ったことのないオレとは初対面のはずだし。

「会ったことある?」
と、逆にこっちから聞いたら。
「あれ、会ったことなかったか」
とりあえず、会う人会う人誰にでも言っているチューヤンの社交辞令であった。
放送作家なんてTV局の会議室で今やっている企画がどうやったら面白くなるかを話してるだけでロケの現場にまで立ち会う事はほとんどない。ましてや、海外ロケの場合、多くは担当のディレクターに任せっきりだ。
よって、チューヤンにもこんなに番組でお世話になっていたのに初対面。


普段テレビを全く見ない中島らもは「電波少年」のことも、ましてやチューヤンのことも知らない。
チューヤンも、ゲストに呼ばれたから来ただけでらもさんが小説家であることさえ知らなかった。
お互い何も知らない同士で始まった本番のステージ。
まずオレがチューヤンにらもさんのことを紹介する。
「今年、マリファナ所持で捕まったばかりの前科者です」
「びっくりしたヨ!さっき楽屋で前科者って聞いて」

最初は、らもさんが前科者と聞いてビビっていたチューヤン。
しかし、話していくうちにチューヤンのカタコト日本語トークと、何故か、らも流の牛もあくびするスローモーなトークのウマが合い。
「らもさんって日本でけっこう偉い人?」
チューヤンからの質問に英語で答えるらもさん。日本語は超スローなのになぜか英語での喋りは堪能。
「MOST FAMOUS NOVELIST」
「えつ、マジで?ノーベル賞取ったの!?」
チューヤンの天然過ぎるトークの返しに、らもさん。
「I AM A NOVEL WRITER」
「あ、作家!」
オレと司会のアトムさんで「やっとわかったんかい!」と突っ込む。
場内は爆笑の渦に。

そして、「電波少年」でカンボジアのロケ中にサソリに刺されて死ぬような思いをしたエピソードを語るチューヤンに、らもさんが自慢気に言う。
「オレ、家にタランチュラを飼ってるよ。
蛇も三匹」
「あ、その蛇チョウダイ。蛇は美味しいんダヨ」
「オレも香港で食べた。美味しかったよ」
「デショ?蛇料理作ってあげますよ。毒のところを取って」
「日本のふぐ料理みたいなもんか」
「そうね。でも僕、ふぐ料理は納得できない。味ないじゃん!」
「味のないのが美味しい。ふぐ鍋を彼女とつつきながら別れ話をする」
「それ、楽しいの?」
「楽しくないよ。けど、別れ話にふぐは合うんだよ」
「ふーん」
イマイチ納得のいっていないチューヤンの顔を見て、らもさんが楽しそうに笑う。
「クックックックッ…」

チューヤンが日本人を見て一番ビックリしたことは酔っ払って裸になる人がいることと言い出した。
「裸になんてならない。香港にそういう習慣はナイヨ」
それを聞いたらもさんがチューヤンをからかう。
「脱がないのはチンチンが小さいからだろ?」
「それもちょっとあるかもしれない。らもさん、デカイ?」
「オレはデカイよ。2メートルくらいある」
「スゴイなあ。それ、回してるの?」
真顔で聞くチューヤンにらもさんがまた笑う。こんなに楽しそうに話すらもさんも珍しい。
2人の絶妙なやり取りに、アトムさんが。
「らもさんとチューヤンの喋り、噛み合っていて面白いですね。今までのゲストの中で一番噛み合ってるんとちゃいますか?」

すると、チューヤン。
「でも………らもさんのトークのタイミング、間が凄いあるからわかり辛いネ」
これにはらもさんも苦笑い。
最後はらもさんを気に入ったチューヤンが。
「らもさん、面白いからもっとテレビのバラエティーに出たほうが良いヨ」
その提案に、らもさん。
「いま執行猶予中だから出れないの!」
「そっか、残念ダネ!」
また場内、大爆笑。
香港から来た「らもはだ」初の外国人ゲストは、意外にもらもさんと馬が合いまくったのであった。


その日も打ち上げは、犬鍋の店「上海小吃」。
出所してからのらもさんは、完全に「ロックモード」に入っていて、ギター片手にいきなり知り合いのミュージシャンのライブに押しかけて行ってはステージに立っているという。「電波少年」じゃないけど、アポ無しミュージシャンである。
なんでそんなに最近ガンガンにロックモードなのか聞いたところ、心底うんざりという口調でこう言った。
「50歳超えて、もうええかな思ってね。
これからは好きなことだけして生きていくよ」
と、らもさん。
小説のほうでもこれからはエンターテイメントは書かない宣言をしたらしかった。


「キミ、何歳なった?」
ワイワイといつもの打ち上げ席でのアホ話の最中、いきなりらもさんに聞かれた。
「38際になります」
「38か。そこからが長いんや」
遠い目になってボソッと呟くらもさん。
躁鬱病にアル中にヤク中、壮絶な40代を送ってきたらもさんが言う「そこからが長い」発言。説得力が違う。
「何を辛気臭いことを言ってるんですか。
それより、次の『らもはだ』のゲスト、誰にしましょうか?」
慌てて別の話題にふって、なんとなくその場はごまかしたけれど胸にグサリと突き刺さる言葉であった。

「そこからが長いんや」
今でも時々、この時のらもさんの言葉を考えることがある。
らもさんはオレにその後、何を伝えたかったんだろうか。
「これからの40代は山あり谷ありで長いから気をつけろ」と言いたかったのか。それとも、先に怒涛の40代を送った先輩として「ここからが長いんだぞ」と挑発していたのか。
らもさんが長いと言っていた「40代」を超え、オレはもう50歳になってしまった。

(つづく)