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「入院して、ひとつビックリしたことがあるんよ」
ちょうどこの頃、周りにいる楽器の弾けるメンバーを集めたバンド「中島らも&リリパット・アーミー」も結成していた、らもさん。
それを受けて地元の友人たちとやっていたオレのバンド捕虜収容所と、らもさんのバンドとが共演するライヴイベントを企画した。
1987年の暮れにやるハズだったそのイベントの本番直前、突然、ふっこさんから電話がかかってきた。
「文殊、ごめん。おっちゃんのバンド、文殊の企画した年末のイベント、出られへんわ」
「へ?なんでですか」
「最近、酒量がものすごかったやろ。ついにアル中で入院してしまったんよ。いま、池田の病院に入ってるわ」
確かにここんとこ、半端ない量の酒を飲んでいた。入院の報に驚きはしたが「そりゃあれだけ毎日毎日、大酒を飲んでいたら倒れるやろ」とも思った。
「わかりました。入院先を教えて下さい」
早速、ふっこさんに教えてもらった池田の病院にお見舞いへ。
でもどんな顔をして会えばいいのだろうか。夜の酒場でウイスキー片手に一緒に飲むならいいが、こんな昼日中にしかもお互いシラフで喋るのはなんだか照れくさかった。
とりあえず、お見舞いの品を買わなければ。
そう考えて、らもさんが好きだったアイドル、早見優の写真集を持っていくことにした。
飲んでる時に主演映画を見に行ったくらい早見優が好みのタイプと言っていたのを思い出したからだ。
病院の受付。
「中島裕之さんのお見舞いに来たイノウエです」
当たり前だがらもさんもオレも病院だと本名を名乗らねばならない。
それがなんだかおかしかった。
入院している病室へ。個室ではなく、他の患者さんも入っている6人部屋。
訪ねたら、奥のベッドにいつものサングラスではなく、真面目そうな黒縁眼鏡をかけたらもさんがベッドに座って本を読んでいるのが見えた。
見た目からして完全に病人だ。
「らもさん!」
声をかけた。
本から顔をあげる。
「来てくれたんか」
全く表情を変えずに、ボソッと。
アル中で入院したって言うから、全身のアルコールを抜くための点滴の管をカラダ中のあちこちにぶっ刺されて横たわっている姿を勝手に想像していたので、拍子抜け。
顔色も良かった。考えたら最近は土気色の今にも死にそうなヤバい顔色しか記憶にない。
元気そうである。
「ついに、入院してしまったんですね」
「そうやねん」
そう言ったっきり後の会話が続かない。
お互い照れてしまっている。
カップ酒でも一杯ひっかけながらだともっとスムーズなのに。
しかし、ここは病院だ。そんなもの置いていない。
しばしの沈黙。
おもむろに、らもさんが言う。
「タバコ吸いたいから喫煙所、行こか」
病室を出て喫煙所で話すことになった。
向かう道すがら、後ろから見ていても病院のスリッパを履いた足取りが軽い。
アルコールを抜いてかなり回復しているのがわかった。
喫煙所で一本、タバコを吸ってから、らもさんが今回の入院までの顛末を話し始めた。
「入院直前は全く飯が食えなくなって、げっそり痩せてな。鏡を見たらええ感じに肉がそげてて。『お~、ロックンローラーみたいでカッコええなあ』って思ってたんやけどな」
「そんなこと言うてる場合と違うでしょう」
「そやねん。そのうちコーラ色のションベンが出だしてな。もうこれはヤバいと思って自分で病院までやって来たんよ」
「これ、差し入れです」
「あ!早見優の写真集」
「らもさん、好きだと思って」
「ありがとう。入院して、ひとつビックリしたことがあるんよ」
「なんですか?」
「酒を抜いて、ちゃんと飯を食い出したらちんこが勃ちだした」
酒のせいでず~~~っとインポだったらしい。
「これ、使わせてもらうわ」
そんな会話ですぐに病院をあとにした。
「なげやり倶楽部」も終わり。
らもさんは酒で倒れて禁酒。
笑殺軍団リリパット・アーミーは、回を追うごとにどんどん本格的な芝居を志向するようになっていく。
元々、役者をやりたくて参加したわけではないので、稽古場で他の役者の皆さんの柔軟体操や本格的な肉体訓練が始まってからはどんどん居場所が無くなり。
らもさんと毎日のように飲み歩いて酒場で大騒ぎする狂躁の日々が、もういい加減終わろうとしていた。
「オレ、これからどないすんねやろ?」
中島らもと出会って以来、勢いだけでここまで来ていたアホでスカタンな毎日。これから自分がどうしていくのか?
人生の決断をしなくてはいけない時間が迫っていた。
(つづく)