らもはだ日記

「こ、こ、この人はいったい?」
不気味さ120%!
「うるせえ!」って抗議すれば良かったんじゃないかって?いやいや。そんな怪しい人物の部屋に怒鳴りこむなんて怖くてとても出来なかった。
かといって、プータロー暮らしで貯金ゼロの自分が、ここを引っ越して別の土地に行く費用なんかあるわきゃないし。
「お題目じいさんが出て行くまでひたすら耐える」しかない現実が目の前に。
そのストレスたるや。
「ナムミョーホーレンゲキョー!」
声を振り絞って、腹の底から喉も張り裂けんばかりにお題目を絶叫するじいさん。
朝から晩までお題目シャウトを聞かされて、ノイローゼのような状態に(ま、それでも働きに行かず家に一日中いるオレもオレなんだが)。
お題目じいさんはそんなオレをあざ笑うかのように次なる行動に出た。
いきなりTVを買ったのである。なんでわかったかって?

♪おひるやぁすみはぁウキウキううぉっちんっ! あっちこっちそっちどっち いいっともおおおおおおおおおおおおおおーーーーーっ!

オレはタモリの歌う「笑っていいとも」のテーマソングをフルボリュームで聴くと、どんな凶暴なハードコアパンクの曲よりもぶっ壊れたパンクソングに聴こえるという、知りたくもない事実を初めて知った。
さすがに他の住民からの苦情で大家が厳重注意、音量は半分になったのだが(それでもまだ半分!)

じいさんが、夜中に酔っ払って帰ってきたことがあった。
アパートの玄関先からいい調子で鼻歌を歌いながら、2階の自分の部屋まで階段を上がってくる。
♪長崎から舟に乗って~… …

普通なら「神戸に着いた~」と続くのだが。

♪~ナムミョーホーレンゲキョー!

ズッコケた。「長崎から舟に乗って」なんで「ナムミョーホーレンゲキョー」なのか?
なんなんだよ、このじいさん!


近所の銭湯で、そんな「お題目じいさん」が、湯船のヘリに腰掛けて何か思い詰めたような険しい表情でいるのを目撃したことがある。顔中に刻み込まれた深いシワ。まるで怒髪天を衝くがごとく逆立つ白髪。この目はどこかで見たことがあるぞ。
鷹だ!野生の鷹
NHKの動物番組で見たよ、この目!
何もかもあきらめて「死の匂い」を漂わせながらも、獲物を狙う鋭い眼光だけがギラギラ。
こんな鋭い目になるなんて、じいさんの人生にこれまでどんなヘヴィな災いが次々と降りかかってきたのか。
あんなにお題目を日がな一日唱えまくっていても、まだ埋めようがないじいさんの心の闇を少しだけ垣間見たような気がした。
だからといってよりによって、オレの隣の部屋に来るなんて。
なんとかしてくれーーー――ッ!

しかし。
もう冬になろうかという11月のある日。
アイツは突然、どこかへと引っ越して行った。
唯一の生活用品(?)だったTVが運び出され、ガランと空き室になった部屋。
オレは、その一室の前で呆然としながら呟いた。
「出て……… 行ったんだ…」
ホッとした気持ちと脱力感。
「ナムミョーホーレンゲキョー!」
今でも夏になるとうだるような暑さの中で聞いたあの切迫感あふれるお題目を思い出す。

(つづく)

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