らもはだ日記

その日もオレは昼過ぎにようやく起きだして、かといって働きに行くわけでもなく、ド二日酔いのモーローとしたアタマで自室にこもってぼんやりとしていた。
「郵便来てましたよ」
1階に住んでいる大家が2階のオレの部屋まで、共同ポストに届いていたハガキを渡しに来る。
「なんだ、いったい?」
差出人はサカモト。一緒によくライブハウスに出ていたバンド仲間だった。
手紙を読む。
「鮫肌くん、僕はキミみたいな友達思いの奴を知らない。キミに言われたことはこれから事あるごとに思い返すことだろう。本当に、キミにガツンと言ってもらって目が覚めたよ。ありがとう!キミはオレにとってかげがえのない親友だ」
よほど感動したのであろう。サインペンでハガキの裏に書き殴られた文字の勢いから相手の感動っぷりが伝わってくる。

しかし、そのハガキを読んだオレは呆然とするしかなかった。
「覚えていない」
サカモトと一回も飲んだ記憶も無ければ、そんな感動的な人生のアドバイスをした覚えも全くなかった。
すぐに連絡をとって詳しく聞いたところ、3日前、ベロベロに酔っ払ったオレが、友人のたまり場になっているミナミのバーに現れて、サカモトにたっぷり説教をかまして帰っていったのだという。
ブラックアウト。
「オレ」のあずかり知らない「もう一人のオレ」が、ミナミのバーまで出かけて行って
やらかしたことのようであった。
自分で自分が怖くなった。
アカン。
酒が頭に回って脳が沸いてしもうてるがな。
清掃のバイトにも行かなくなって、完全に引きこもり状態に陥ってしまった。
 
「らもさんのアドバイス通り、大学を卒業してまず就職してからでも遅くなかったんじゃないか?」
ウジウジと考える。
「これから毎日が日曜でええのお」
先に就職した地元の友人に言われた冗談の通り、毎日が日曜になってしまった。でも、今の自分には戻るべき場所がない。
世間的に「何者でもない自分」がこんなに辛いとは思わなかった。誰からも必要とされていない。そう考えると気が狂いそうになる。
井上陽水の歌ではないが、昼寝をした夜は眠れない。完全に昼夜逆転生活。でも酒を飲む以外、夜になっても何もすることがない。
働きに行かないから当たり前なのだが、金が無いってことはこんなに辛いものなのか。今月の家賃を払ったら貯金がゼロになる焦り。
昼間、蒸し風呂と化した幸福荘の四畳半で、空っぽのワンドアの小さな冷蔵庫を開けて、冷気で涼みながら「ヤバイ、ヤバイ、このまんまやとヤバイ」とひたすら呟く。

オレは毎日、何をやっているのだ?

幸福荘の共同トイレの斜めに傾いだ和式便器にゲーゲーと胃液を吐き出しながら、全く先の見えない日々に参っていた。

プルルルルル………。

超久しぶりに電話が鳴った。その日は、電話代を払ったばかりでたまたま奇跡的に電話が通じていたのだ。
「… … … ハイ」
「鮫肌か?」
久しぶりに聞く松尾貴史の声だった。
「キッチュさん!」
「最近、どうしてるねん?」
「何もしてません」
「噂で聞いたんやけど、毎日やること無いから日がな一日、近所のスーパーに行って冷房で涼んでるんやて?」
後で知ったのだが、大阪のライター仲間のヨシムラがキッチュさんに「今の鮫肌がヤバいことになってる」と知らせてくれたようであった。

「まあ、そんな感じです」
「鮫肌、うちの事務所に来て、放送作家やれへんか?」
「放送作家?」
「オレ、1年前に上京して今は古舘プロジェクトって事務所にいるんやけど」
「古舘ってあの、プロレスの実況で有名な古舘伊知郎さんのことですか」
「そうそう!」
キッチュさんが大阪のお笑い系の小さな事務所から東京の事務所に移籍して、今は松尾貴史を名乗って活動しているのは知っていたが、古舘さんの事務所なことまでは知らなかった。

「うちの事務所、作家部門があるから。最初は使いっ走りみたいな感じかもしれへんけどやってみいひんか?東京来て、放送作家やったら3日で食えるから」
断る理由なんて無かった。
「行きます、行きます!」
即上京を決断。
時はバブル真っ盛り。東京の放送業界に飛び込んでみたら、仕事が山ほどあって、キッチュさんの言う通り本当に3日で食えてしまってから現在に至る。
どん底状態だった鮫肌文殊の救世主!まさに持つべきものは友。
だからオレは、松尾貴史には未だに足を向けて寝られないのである。

(つづく)

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