らもはだ日記

悪化していた躁鬱病。
しかし、ひと言捻り出すのに3分かかるほど悪くなっているとは知らなかった。
実際、こんなに重度の躁鬱病の人を見たのは初めて。さっきオレの目の前にいた中島らもは、まるで蝋人形のようだった。
久しぶりにわいわいとバカ話が出来るとばかり思っていたのに。
毎日、金魚のフンみたいにくっついて飲み歩いていた時期の元気ならもさんはどこへ?
キシモト嬢とマネージャーのアトムさんが、らもさんの調子のイイ時に構想を改めて聞き出し、それを受けて仕切り直すこととなった。
でも、この日。
とにかく腰の軽さと愛想だけでフラフラしている放送作家の自分と比べて、スローモーにほどがあるにも関わらず、らもさんの喋りからビンビンに伝わってきた「自分がやるからにはオモロイことをやりたい!」という強烈なプライドに、クリエイターの端くれとして反省しきりであった。

それからちょうど一ヶ月後。
梅田の安い居酒屋の2階の座敷に、同じメンバーで集まった。
ダ・ヴィンチのキシモト嬢から「らもさんが話したいと言っています。web連載の一回目は、その話し合いの対談をそのままアップしたいと思うので大阪に来てもらえますか?」と言われて東京から乗り込んだのであった。
「おう!」
居酒屋の座敷に入るなり、先に着いて座っていたらもさんから、元気に声をかけられて我が目を疑った。
「え、動いてるやん!」
この前の「フリーズらも」はいったいどこへやら。動くし喋るし、ちゃんとリアクションも返してくれる「普通の中島らも」に戻っていた。キシモト嬢もマネージャーのアトムさんも、そんならもさんの体調の振れ幅にはもう慣れっこのようだ。らもさんは面食らうオレを尻目にどんどん場を仕切って、今回の連載についての話し合いをまとめていく。

キシモト嬢によれば、新宿歌舞伎町のトークライブハウス「ロフトプラスワン」で2ヶ月に一回、2人でトークライブをやってそれをダ・ヴィンチのwebサイト上にアップしていきたいと言う。
ロフトプラスワン、まだ新宿の富久町にあった頃に知人のライターのイベントゲストで出たことがある。
まさにサブカルの煮凝り。連日開催されるヤバいトークイベントの数々。テレクラに電話をかけてステージまで女を呼び出し、そのまま客の前でエッチしてしまった! とか、「ゆきゆきて神軍」の奥崎謙三氏がムショ帰りに出演してそのままトイレに立てこもったとか、伝説的エピソードに事欠かない店だ。数年前に歌舞伎町に移転、さらに悪名を轟かせて過激になっていると聞く。
そっか、あのロフトプラスワンでやるのか。
なかなかドキドキする舞台だ。

「それで、第一回目のトークゲストは誰にしますかね?」
キシモト嬢の問いに、中島らもが即答。
「ガンジー石原!」
一同、爆笑。
らもさんのエッセイで「チャーハンをおかずに白メシを食う男」として有名な元プレイガイドジャーナルの名物編集者。
見た目がマハトマ・ガンジーそっくりなためガンジーと呼ばれている。
「ガンジーさん!一回目のゲストにふさわしいですね。ロフトプラスワンに妖怪降臨って感じで」
オレもノリノリに。
「11月10日、プラスワンのスケジュールが空いているので、その日を第一回目に決めましょう」
さすが仕事の早いキシモト嬢。もう小屋のスケジュールまで押さえてあるのか。
「それから、ふた月に一度のペースでやっていきますから」
テレビ村の住人にズッポリとハマってテレビ業界以外の人たちとなかなか知り合う機会がない自分にとって、これは他業種の方たちと触れ合うまたとないチャンスだ。
これからイベントを通して、どんな出会いが待っているのだろうか?
ワクワクしてきた。

「イベントの名前を何にしますか?」
最後にキシモト嬢から出たお題。
これも、中島らもが決めた。
「らもはだ!」
以前、ミュージシャンのチチ松村さんと「らもチチ」というユニット名で活動していたらもさん。
中島らもと鮫肌が組むんだから「らもはだ」。これ以上ないシンプルなイベントタイトルである。個人的には「らもチチ」の二番煎じ感は否めなかったのだが、らもさんがズバッ!と言い切ったので素直に従うことにした。
「らもはだ、わかりやすくて良いじゃないですか」
ニコニコ顔のアトムさん。
みんなで、拍手!
このトークイベント。
あくまでも気楽に考えていた。所詮テレビの裏方稼業の放送作家、トークイベントの舞台という板の上に乗ることがどんなに怖いことか、この時点では知る由もなかったのだ。

(つづく)

  1. 1
  2. 2