4/18 更新
「逮捕23日前」
横で見ていたオレは、今回の「らもはだ」は、らもさんが先輩作家に果敢に挑んだテイの「ああ言えばこう言う」のを楽しむへらず口のプロレスだとばかり思っていた。客席も最初は冗談交じりな2人のやり取りにドカンドカンと受けていたし。
雲行きが怪しくなってきたのは、らもさんが最近ハマっている武装について話しだしてからだ。
「オレは、身を守るためにマチューテという南米の人がジャングルに分け入る時に使う刃渡り46センチくらいある刃物を買った。
スタンガンも買った。完全に武装したぞ。野坂先生、武器は持ってないの?」
さっき楽屋で自慢していたスタンガンのことを言っているのか。
「誰かに襲われたら、全裸になって大の字に寝転がるのが一番。相手が気勢をそがれるでしょ?」
野坂さんの答えに、客席は大爆笑。
らもさんがいくら舌先の格闘技を挑んでも
老獪たる作家は相変わらず相手にしない。
「オレは今週、散弾銃を持つ許可を申請に行く!防弾チョッキも買った」
なおも止めずにらもさんが繰り出す武装トークに「このオッサン、洒落じゃなくて本気で言っているのか?」と客席もドン引き。
事件は最後に起きた。
イベントのエンディング、
「歌手・野坂昭如」として野坂さんが持ち歌を歌ってシメになるはずだった。
しかし。
ここでギターを持ったらもさんがいきなり大演説を始めた。
「原発反対!このロフトプラスワンに使われている電気も全部、原発から産まれたもの。
そんな中で歌いたくない!全部、消してくれ」
唐突に何を言い出すのだ。会場中がとまどう。
「このスタージの明かりも消してくれ。バーカウンターの明かりも消して!」
ロフトプラスワンのスタッフが言われた通り、次々に会場の電源を落とす。
「自動販売機がまだ点いてる!」
コンセントが抜かれて、場内に設置されたドリンクの自販機の光まで消えた。
「まだだ!」
見ると、非常灯の明かりがひとつだけ点いたまま。
「どうした、なぜ消さない!?」
「すいません、消防庁からのお達しでこれだけは消せないんです」
らもさんの怒声に、店員が泣きそうな声で答える。
場内は真っ暗に。
暗がりの中で、らもさんが野坂さんの曲をゆっくりと爪弾き始めた。
ギターにのせて野坂さんも歌い出す。
いよいよ闇のセッションがスタート。
♪男と女の間には
深くて暗い川がある
誰も渡れぬ川なれど
エンヤコラ 今夜も舟を出す
ROW AND ROW
ROW AND ROW
振り返るな ROW ROW
オレとアトムさんでコーラス。
らもさんのギターはダークな曲調を無視してロックモード。
アンプを通さない生音で弦をジャカジャカとかき鳴らしている。
闇の中のセッション、「黒の舟唄」の歌詞にはピッタリのシチュエーションかもしれないが、ここまでの経緯を何も知らない人から見たら、さぞ異様な光景だったに違いない。
暗闇にぼんやりと浮かぶ野坂昭如、中島らも、アトム、オレの4人の影。
終始困った顔ながら、野坂昭如さんが朗々と「黒の舟唄」「ポーボーイ」「マリリン・モンロー・ノーリターン」と3曲の代表曲を歌いきってイベントは終了となった。
でも、今夜の中島らもはそれだけでは終わらなかった。
「やめてください、らもさん!アカンって!」
いつもの犬鍋を食わす「上海小吃」での打ち上げ。
らもさんが突然店の中で、持ってきた催涙スプレーを撒こうとしたので、そこにいた全員が全力で抑えこんで止めた。
こんなもん、歌舞伎町のど真ん中で撒いたらエライ騒ぎになる。
近くにはヤクザビルとして有名な某会館もあるのだ。
「去年の事務所の忘年会で、ホンマに撒いてしもうて大変なことになったんですわ」
アトムさんが、タメ息。
年末年始にかけてのらもさんの躁転っぷりは壮絶だったようだ。
やっとこさ落ち着いて飲んでいると、オレの目の前にらもさんが何か差し出してきた。
「鮫肌、コレいる?」
くるくる巻いた小さなジョイントだった。
「そんなもん、いりませんって!」
ブロンならまだわかるが、完全にイリーガルなおクスリはさすがにダメだ。
オッサン、そんな面倒くさいモン、どっから手に入れて来てんねん!?
らもさんと野坂さんの丁々発止のトークを横で聞いているだけで、実質なんも出来なかった今日のオレだったが、精神的に超疲れていたようで、酒が回る回る。
久しぶりに天井まで回るくらいしたたかに酔っ払った。
らもさんが逮捕されたのは、それから23日後のことである。
(つづく)