11/02 更新
「キミの胃袋はクラインの壺やな」
ブチッ!
ん?
気がついたら、床に転がっていた。天井がぐるんぐるんと回っている。
「目、覚めた?」
その声は、らもさん。いったいここはどこだ?
「キミ、昨日酔っ払ってエライことになってしもうて、もう電車もないっていうからうちの家まで連れて帰ってきたんよ」
ひどい二日酔いにガンガンする頭で、ようやくここが、らもさんの自宅であることがわかった。酔っ払ったオレは、あれかららもさんの家まで押しかけてきて泊めてもらったようなのだ。
そのままリビングの床に転がって寝てしまったらしい。
テーブルの椅子に腰掛けて、らもさんが目覚めのコーヒーをすすっているのが見える。
もう朝なのか。
「すいませんでした!」
まだぐるんぐるん回っている頭。なんとかカラダを起こして、反省の意をあらわすため床に正座した。
「オレ、昨日、酔っ払ってなんかしでかしました?」
「キミ、居酒屋を出て、いきなり店の前の電柱の横に大量のゲロを吐いたんよ」
笑う、らもさん。
「ベロベロのキミをツジが肩に担いで、その足でおオカマのヒコちゃんのいるバー『DO』に行ったんよ。そしたら、キミ、今度はツジの顔や腕に4コママンガを描き始めた」
酔った頭に前夜のオレがやらかした数々の狼藉の映像がフラッシュバック。
ツジさんの顔面に油性マジックで4コママンガを「動くな!」って言いながらグリグリと描いていた記憶が蘇る。
「途中で『DO』のカウンターにも落書きしようとしたから、ヒコちゃんが激怒して『いや~ん、何、この子!?つまみ出して~ッ!』って絶叫した。家が遠すぎて電車がないって言うから、タクシーに押し込んで、うちまで連れ帰ってきたんよ。途中で何回も気持ち悪いと、タクシーを停めてそのたんびに外でゲロ吐いて。橋の上から吐いたゲロが夜の川に向かってシャーシャー飛んでいって綺麗やったわ。クックックックッ」
楽しそうに話す、らもさん。
「ツジは一人っ子らしいから、キミのこと、年の近い弟みたいに思ってるんかもしれへんな。昨日はそんなじゃれ合いぶりやったわ」
いくら弟でも、顔面に4コママンガを描いてはこないだろう。ツジさんに悪いことした。
「大丈夫!?」
らもさんの横に座っていた小っちゃい女性が聞いてきた。とってもコケティッシュな可愛い人。
「読売テレビのツジ、うちにも来たことあるよ。カラダのおっきい人だよね」
ニコニコしながら、コップを差し出す。
「水、飲む?」
出された水を一気に飲み干した。
「キミが鮫肌なんだ?」
「はい、そうです」
「私、ミー。よろしくね」
らもさんの奥さん、美代子さんだった。
「らもから、ヘンな本を書くパンクスがいるって聞いてるよ」
オレのことを奥さんにそんな風に話してくれていたのか。らもさんが割って入る。
「キミが送りつけてきた『父しぼり』って本、面白かったんよ。あれ読んで、今度の番組のブレーンに呼ぼうって決めたから」
「ありがとうございます。昨日のことは本当にすいませんでした」
謝るオレの目をジ~ッと見つめて、らもさんが言った。
「キミの胃袋はクラインの壺やな」
「は?」
「食べた以上に、凄い量の山盛りのゲロを吐く。キミの胃袋はどこかの異次元と繋がっているに違いない」
「はあ・・・」
「キミ、昨日の夜、電車ない電車ないもう帰られへんってずーーっと言うてたけど、どこ住んでるんやったっけ?」
「兵庫県高砂市の牛谷ってところです」
「牛谷。凄い地名やねえ。大阪からどのくらいかかるの?」
「いったん加古川に出て新快速に乗り換えてから、2時間くらい」
クックックックッ、笑うらもさん。
「2時間。ちょっとした旅行やね。そりゃ終電もすぐに無くなって帰られへんようになるわな」
「いま近畿大学に通ってまして、近大までやったら家からだと2時間半はかかります」
「2時間半!?」
今度は夫婦で爆笑。
「新幹線やったら、名古屋超えて静岡あたりまで行ってしまうで。なんでそんな遠いとこに住んでるの。こっち出てきて下宿したらええやん」
「頭悪くて近大にしか行けなくて。親から出された大学に行く条件が家から通うことだったんです。仕送りするほどの余裕はうちには無いって言われて」
大阪にライブを見に行こうと鋲打ち革ジャンで田舎道を駅まで歩いていたらパトカーに止められ「キミはロックンローラーか?」と警官から職務質問された話をしたらさらに爆笑された。
「田舎じゃあ、パンクスも竹の子族のロックンローラーも同じなんやね。その警官、キミのファッションが理解出来ひんかったんやろな」
「そうみたいです」
「あ~朝から笑かしてもらったわ」
らもさんが立ち上がった。
「そろそろ行こか。宮仕えやから、とりあえず会社には顔を出しとかなアカンねん。まあ、会社いうても社長と秘書とオレの3人しかおれへんけど」
一番最初にテレビ番組の収録の楽屋で会った時に鶏を捌く機械の話をされたことを思い出した。
あの話は広告マンとして担当していたクライアントの話だったのか。
この頃、らもさんはまだ株式会社日広エージェンシーの社員で、宝塚にある雲雀丘花屋敷駅の家から大阪の会社まで、サラリーマンとして毎日ちゃんと出社していたのだ。
しかし。
色眼鏡に、黒のTシャツの上に羽織った黒いジャケット。ジーパンも黒で、履きこんだ感じの黒い安全靴。全身黒づくめ。らもさんの格好はどう見ても普通のサラリーマンには見えなかった。
「眩しい!」
家から一歩外へ出たら、太陽の光が目に痛い。
「らもさん、大きな家に住んではりますねえ」
昨日は酔っ払って来たからわからなかったが、外から見たら、立派な家。こんな家に住んでいるのか。
「安くで売り出しててな。その代わり、あと何十年もローンが残ってるねん」
この後、ここに毎日のように押しかけて泊まることになるとは思いもせず。まだ残る酒でこみ上げてくる吐き気を抑えながら、らもさんの家をあとにした。
(つづく)